稲作が始まって人は稲の奴隷になった。」ユヴァル・ノア・ハラリの一文である。この言葉の是非を議論するつもりはないけれど、米を食べない時代があったのは確からしい。
とすれば、稲作が始まる前私たちの先祖は一体何を食べていたのだろう???

はるか遠い昔、日本では縄文時代と呼ばれる時代があった。
その期間はなんと1万年以上。移り変わりの早い現代に比べ、非常に平和な時代だったんだろうと想像しています。

自然のものをそのままいただくだけだから、所有の概念がなく、みんなで分け合う世界。だからきっと奪い合いもなく1万年以上続いたんだろうと思っています。
彼らが食べていたものといえばドングリなどの木の実やこごみなどの山菜、狩猟して魚や小動物、貝、虫などを食べていたと言います。しかし未だに稲作の跡が見つかっていません。

そう、私たち日本の先祖も米を食べない生活をしていたのです。

縄文のような村の暮らし

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先日、ワイルドアーモンドという山岳民族が愛する食材を教えてもらいました。いつもなら、こんなのもあるんだ・・と一つの知識として終わるところなんですが、なんだかそれがどうしても気になって、色々調べ始めました。・・・すると思いもかけず100年ほど前の村の暮らしぶりが少しづつ明らかになってきたのです。

それはウォンさんがまだ幼い頃の記憶。そして祖父母から聞かされた記憶の片鱗。(だから50年くらい前の話も混ざりつつ)

彼が幼い頃は、まだ今の村は形成されておらず、山に散り散りに暮らしていたんだそうです。今の村でも58軒300名程度の小さな村ですが、それがさらに3〜5つに分散していたとのことなので、だいたい10〜15家族くらいの集団でしょうか。

土地も所有しておらず、本当に小さな庭の植物を育てるくらい。だから農業もしないし、耕したりもしない。今よりもっと自然に取れるものを食べる暮らし。

米を作らず彼らは何を食べていたのだろう?

ウォンさんは言います

「米がなくてもトウモロコシがあるからいいじゃない?」

「芋食べとけばなんとかなるよ」

「バナナは何もしなくても生えてくれるしね」

あぁ、彼がいつもたくましく、自由で楽しく見える理由が少しわかった気がします。お金がなくても生きて行くすべを知っているのです。
自然・森から取れるものの本当の力を知っているのです

育てないでそこにあるものの力。
本当の植物の力。

肥料を与えないで育つもの」を食べるという考え方はやはり間違ってなかったのだ。そして、ウォンさんはこう続けます。

このワイルドアーモンドもその時の大事な食の一つ

縄文のドングリのような貴重な栄養源として木の実の代表なんだそうです。私が何か気になった理由がわかりました。このアーモンドは原始の力を宿した食材の一つだからだったからなんです!

僅か50〜100年ほど前、この村の人たちは、山に住み、
芋・バナナ・トウモロコシ・木の実・川魚・草木・狩猟で取れる小動物
というものを食べて元気に楽しく暮らしていた。という事実

縄文のような暮らしが、ほんの少し前にはまだあったこの事実に驚きつつ、今の急速な変化に残念な気持ちと、まだ間に合うという希望とが見え始めました。

そんなウォンさんでもこう言います

「私も全然知らないんだよ。おじいちゃんおばあちゃんの知恵に比べたら何も知らないようなもんだ」

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どうやら、本当に大事な知恵をいただく、大事な自然の力を残す、ギリギリのラインに来ているようです

大きく変えたのはベトナム戦争

さらに深く聞いて行くと、悲しい歴史を紐解くことになってしまいました。ラオスの東部はベトナムと隣接していることから、ベトナム戦争の被害にもあった地域なんです。未だ地雷が植えられていたりする地域もあります。

この辺りはそこからもう少し西側なのですが、やはり空襲などもあったそうで、煮炊きをして煙をあげてはいけない時期があったそうです。

ウォンさんの幼い頃の話です。彼が笑って話してくれた内容に私は言葉を失ってしました。そして、おそらく深い傷を追ったに違いないのですが、それらを表に出さずたくましく生きる姿にまた言葉にならない深い思いを抱くことになりました

ベトナム戦争終了後、ラオス政府は山岳民族に土地を与え、村を形成するよう支持し始めまめたそうです。そのうちの一つがこの村なんだそうです。そしてその土地で農作をするようにと支持したのです。一見素敵なことのようにも思いますが、国民を管理し、国の自給率を上げる。そんな政策の一旦を担わされているようにも感じます。

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今では1家族1〜3ヘクタールを所有し、米やキャッサバ芋を育てています。あの、原始の力を持つワイルドアーモンドの木を切り倒して。。。。
彼は言います。
「昔あった自然は今はどんどんなくなっているよ。」
日本人から見るとまだまだ自然豊かな土地ですが、急速に大事なものは失われ始めているみたいです。

ワイルドアーモンドの木は一度切り倒してしまうと、成長するには最低でも10年〜20年かかると言います。おそらく開墾してしまえば、二度と育てるようにはならないでしょう。

そしてそのような植物が他にもいっぱいあるのだと言います。

しかし、幸いと言っていいかは不明ですが、この地域にはまだ開墾されていない山が残っていて、そこにはワイルドアーモンドを始め原始的な植物が自生しているそうです。

まだ間に合う?少しでも知っていただきたい現状

大きな流れで経済活動が一気にこの村にも押し寄せ始めました。
おそらく止めることはできないでしょう。

目に見えるスピードで山や森が焼かれ大規模農業の一角を担うようになり始めました。悲しいかな、除草剤が巻かれ、50年前に食べれたものも食べれなくなって来ました。自生していた野草も除草剤を蒔いた土地では育たないし、育っても食べれません。

大事な原生の木を切り倒し、食べることのできる森を焼き払い、それでも手にできるのはわずかなお金。
豊かに循環していたものが、先進国の贅沢によって急速になくなり始めているようにも感じます。

一つの会社や一人の力は本当に小さなこと。目の前のことしかできません。
それでも大事な事を大事なものとしてできる限り伝えたい。
そう実感しました。

森を維持しつつ、もっと自然の力を取り入れる。
そんな双方にいい事ができないだろうか?。
やっぱりそう思います。

まだ残っている豊かさを少しでもみなさんのところに届けれるように。
そしてそれが彼らの誇りとして気がついてくれるように。

孫の世代から借りていると言われるこの土を豊かなまま返せるように、今やれる事をやっていきたいと思います。

食べる森作りとして、試験的に始めた取り組みの今後

食べる森作りは、最初は直感から始まった面白いだろうって取り組みですが、このところ本当に大事なことだと日々実感しています。

そしてその取り組みには2つの考え方があることに気づきました。

一つは開墾された土地を森に変えながらも収入を得るしくみ作り

5年で土をダメにすると言われるキャッサバに変わってしまった土地を耕さなくてもいい森として、食べれるものを育てていき収入に変えること

そして、もう一つ気づいたことがあります。
今ある森の価値を私たちにも現地の人たちにも伝えること。

ワイルドアーモンド始めまだまだ森にはたくさんの可能性が眠っています。これらの価値を伝え、収入に変える事で、価値あるものとして誇りとともに森を焼かず20年以上必要な木々を伐採から守ること

この二つが少しでも形になるように、来年からもっとその取り組みを発信していこうと思っています。

ここには失われた大事なものがまだある気がします。
「自然栽培とかオーガニックよりもっと自然のもの。原始より愛されて来た本当の食。」

そんな事を通じて本当に大事な事を伝えていければと思っています。
是非みなさんの愛と共感で応援ください。